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東京魔人学園外法帖SS 龍閃組之系譜 −外伝−

雛 鳥


■龍泉寺─── 昼八ツ半刻

「───ただいま、戻りましたァ〜ッ!!」
ぐゎらりと戸を開くや、小鈴が元気に声を上げた。それを迎える様に、本堂の軒先から子雀が一羽、かの女の肩に飛んで来た。
「おッ! ちゅんすけ、今日も元気だねッ」
かの女は笑って、子雀にそう声をかける。それを、京梧がニヤニヤしながら揶揄した。
「おい小鈴、そんなところに止まらせてると、着物にひり出されるぞ」
途端にかの女が膨れっ面をする。
「そんな汚い言い方しなくたっていいじゃないかッ。───ねッ? 山猿」
「あぁ・・・そうだな」
綾牙はそう言って、ただ苦笑した。───子雀がひょいと跳ね、今度はかれの手に止まった。
すっかり黒くなった固い嘴をこすりつけてから、くりくりとした頭を少し傾げて、じっと顔を覗き込む。
自分を拾ってくれたのが綾牙だと、覚えているかのようだった。

 ひと月前───
 
■内藤新宿─── 昼四ツ半刻

それは、江戸に来てまだ日も浅いある日のこと。支奴の長屋を訊ねた綾牙が、暇乞いをしていた時だった。
「それでは、頼んだぞ───」
「毎度どうも、ごひいきに」
からりと戸を開けた、その瞬間だった。短いねず鳴きと共に、何かが軒から落ちて来て綾牙の胸に当たったのだ。
「おっと───!」
綾牙は驚いて身を引き、慌てて地面に目をやって、落ちたはずものを探した。───しかし、どこにもそれが見当たらない。
「・・・・・?」
「ハハハ・・・、綾牙さん、貴方(あぁた)の懐(ふところ)ですよ」
支奴にそう言われて、ようやく綾牙は胸元に目をやった。
───外套の中を、小さなものが動いている。
「おやおや・・・。ちょいと、失礼しますよ」
支奴がそっと手を入れ、逃げ回るのを苦心して捕まえ、取り出した。
───見ると、羽根も充分に生え揃わない、嘴の黄色い子雀だった。
「こりゃ、また・・・どうも、軒先の巣から落ちたようですね」
綾牙にも見える様に持ち上げつつ、支奴がそれを覗き込む。
「・・・まだ飛べないようだな」
そういって、どこから来たのかと綾牙は軒を見上げたが、狭い棟割り長屋の軒先が、これまた小さな雀の長屋と化している。あちらこちらから鳴き声はするが、どれがこの雛の元いた巣やら、てんで分からない。
「───これは・・・困ったな」
子雀を渡されたものの、そう言って綾牙はぼやいた。
かれの掌の中で、子雀は少しでも暖かいところへもぐりこもうとして小さくなっている。うす茶色の羽毛が、小刻みに震えている。
心もとないほど、かろがろとした身体だ。端の黄色い大きな口がつぐむと丁度“へ”の字になって、拗ねた子供のようにも見える。
それを両手で包み込む様にしてやると、暗い巣の中を思い出したのか、子雀はやっと、大人しくなった。
「支奴・・・」
「いやいや、あちきは困りますよ」
綾牙の言わんとするところに気づいたか、支奴は大仰に手を振った。
「ちょいと興が乗ってくると自分の食事も忘れる上に、これでも、長屋をちょくちょく空けるもんで。あちきの留守の間に何かあっちゃあ、寝覚めが悪くなっちまいますよ」
「・・・それもそうだな」
このくらいの雛ならば、四六時中目をやって、腹を空かさないようにしてやらねばならない。研究熱心な支奴には面倒な話だろう。綾牙は苦い顔で言った。
「お前のからくりで、何とかならんか? 時分になると餌が出るとか、鳴くと口に餌が落ちるとか───」
「こりゃまた、無茶をおっしゃいますねェ。阿蘭陀製のからくり時計を用立てていただけりゃ、考えましょ」
しかめ面の支奴に切り返されて、綾牙はしぶしぶ、子雀に目をやった。
「仕方がない───。龍泉寺(てら)へ連れて帰るか」
「ははぁ、そいつはいいですねェ」
支奴が、頭巾に手をやって安堵した様に笑った。
「美里さんならきっと、大事にしてくれますよ」
───そういうわけで、綾牙はその巣からはぐれた子雀を、龍泉寺に連れ帰ったのだ。


■龍泉寺─── 

美里に手当てを頼んではみたが、綾牙は諦めに近い気持ちでその雛を見守っていた。
「困ったわ・・・どうしたらいいのかしら」
手のひらに抱いてやったものの、美里がそう言って思案する。それを心配そうに、小鈴が覗き込んでいる。
「わぁ、震えてるよ・・・。寒いのかな?」
「そうね・・・お母さんの羽の下に、ずっと居たんですものね・・・」
「・・・・・・」
京梧と雄慶は黙って部屋の隅から見守っている。こういう時に揶揄すると、おんな共の雷が落ちる。
───巣から落ちた雛は育たない。本来ならば、野良猫の腹を満たすのが本筋だろう。いつもの綾牙なら、そうしていた。それが、自然の摂理だと。
しかし、手に取った時の小さなぬくもりが、かれを戸惑わせるに余りあった。
肌に触れる柔らかな羽毛と、かそけく動く細い脚。そして時折すりつける、まだ黄色い嘴。なにより、黒い数珠のような美しい目が、母鳥の居場所を訊ねるかの様に、かれをじっと見つめていた───。
そこへ、時諏佐の声がした。
「おや、子雀かぃ───?」
かの女は美里が掌に包んでいるものを認めるや、目を細めてその傍らに座った。
「あたしも、こんな間近で見るのは初めてだよ。へぇ───、可愛いもんだねェ───」
「・・・巣から落ちたんですよ。偶然、俺の懐に飛び込みましてね」
「へぇ? 久慈浦の懐にねぇ」
なぜか悪戯っぽく問い返す時諏佐に、綾牙は、低い声で呟いた。
「でも・・・巣から落ちた雛は、育たないって言いますからね・・・」
「そんなことはないよ。───ほら、おいで」
雛鳥を手にとってあやしながら、時諏佐は綾牙を、そして皆を諭した。
「───巣から落ちたからといって、すべての雛が死んでしまうわけじゃないさ。どだい、巣立つ時は誰でも、巣から落ちるようにして飛び立つんだからねぇ。それからだんだんに経験を積んで、やっと自由に空を飛べるようになるんだよ? 親の後を追いかけて、兄弟の後を追いかけて・・・、何度も少ぉしずつ飛んで、そうやって巣から離れて行くんだろう?」
「・・・・・・」
綾牙は、黙り込んでしまった。───自分もそうだと、思い出したからだ。
故郷に塒(ねぐら)を失い、樹から森へと飛び移る鳥の様に、諸国を流れて来た。母の羽根の下のぬくもりを忘れたわけではなかったが、もはや、母なき故郷には戻れない。寄る辺のない旅だった。
おそらくは他の兄弟に押しのけられる様にして、あるいは外の世界への憧れを抑えきれずに、暖かい巣を飛び出したこの雛鳥と、何の違いがあるだろう?
「先生・・・あの、この子の・・・」
美里がおそるおそる時諏佐に、世話をしても良いかと訊ねている。
「あぁ、餌かい? アワかヒエを擂(す)って、白湯(さゆ)で練って遣ると良いよ。少しあったから、作っといで」
事もなげに美里にそう言って、時諏佐はまた、続けた。
「───だからね、一度や二度、地に落ちたからといって、すべてを諦めるもんじゃない。落ちたら、も一度羽ばたいて飛べば良いんだよ。生きていれば必ず、遠くへ飛べるようになる。最初はみんな雛鳥さ。はなッから飛べる鳥なんていやしないよ。何度も落ちて、飛んで、それで何処へでも飛んでいける様になるんだよ。・・・そうじゃないかい? 久慈浦」
「・・・・・・」
時諏佐はそう、笑って言った。

その後、雛は時諏佐の言った通り、綾牙の不安を見事に裏切った。『ちゅんすけ』と名付けられた子雀は元気に育ち、見事に巣立ったのだった。

───そうして時折、思い出した様にかれらの処へ飛んでくる。この龍泉寺が、自分の巣だと言う様に。
「やれやれ・・・あんまり人馴れすると、とっ捕まって焼き鳥にされちまうぜ?」
綾牙の肩で羽根を振るわせて遊ぶ子雀を一瞥して、京梧があくたれ口を聞いた。それへ、雄慶が声をかける。
「おい、京梧。刀に糞をされてるぞ?」
「なにッ!?」
雄慶の一言で、京梧がばたばたと腰に差した大小を払う。それへ、雄慶はしらじらしく嘯いた。
「おや、すまん。見間違いだったようだ」
「雄慶、てめェッ!!」
「あははッ、今の京梧の顔、おっかしーッ!!」
喚く京梧と、それをからかう小鈴を、綾牙は肩に子雀を止まらせたまま笑って眺めていた。
子雀がひょいと、そんな彼の顔を覗き込む。黒い瞳が、あの時と同じ様に光っている。
「ふッ。・・・お互い、いい塒(ねぐら)を見つけたもんだな」
綾牙がそう呟くと、子雀は答える様に、高くさえずった。


───その後、綾牙の戯れ言に端を発して出来た支奴のからくり『自動花卉(かき)水遣機「睡注花(すいちゅうか)」』が、園芸道楽の旦那衆に飛ぶ様に売れて騒ぎになるのだが、それはまた、別の話である。


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東京魔人学園外法帖【(C)2002 Asmik Ace Entertainment Inc./SHOUT!DESIGNWORKS Co.】
文中のキャラクターの台詞・行動等は、おおむねゲーム中のものを引用しておりますが、
ゲームの内容と一部異なる部分がありますことを、あらかじめご了承ください。

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