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プロローグ─── 2005年・東京

■新宿・私立天香(かみよし)學園高等學校敷地内─── 阿門家屋敷


「ッたく・・・」
豪奢な屋敷のソファの上で、居心地悪そうに身体を動かしながら皆守 甲太郎は舌打ちした。その声に、向かいに座った阿門 帝等がわずかに不思議そうな顔をする。
「む・・・?」
「今さらこんな所まで呼び出しやがって、何の用だよ?」
「ふッ。そう急ぐこともあるまい」
毒づく皆守へ薄い笑みを返すと、阿門はさらに続けた。
「どうせ、家へ帰っても寝るだけなのだろう?」
「言ってくれるぜ───」
ふてくされたように呟きながら、皆守はポケットをまさぐった。取り出したのは、見慣れた喫煙具とオイルライターだ。
「禁煙か? ・・・っても、アロマだけどな」
「構わん。まだ喫っているのか」
「個人の自由だ」
そううそぶいてアロマに火をつけた皆守は、かすかな振動音に耳をそばだてた。
「───っと、何か鳴ってるぜ? お前のケータイか?」
言うより早く、阿門が自分の携帯電話を取り出した。
「厳十郎か。どうした───?」
「・・・・・・」
皆守は聞かない振りをしている。しかし、阿門の表情が急変した。
「何───?」
「・・・・・?」
驚く皆守の目の前で、阿門は手短に指示をした。
「分かった。すぐに行く。───準備を頼む」
「どうした? 野暮用か?」
せいいっぱい気のない声をかける皆守を、携帯電話をきった阿門はじっと見据え、意外な事を言った。
「・・・《山》で何か起きたらしい」
「なんだと?」
皆守は思わず腰を浮かせかけた。
「あそこにはもう、何も残ってないはず───」
そうだ、忘れもしない昨年のクリスマスに、あの《転校生》によって封印を解かれ、永遠の眠りについたはずの《墓》で?
驚く皆守に構わず、阿門は立ち上がり、コートの襟を整えた。
「爆発音のような大きな音がしたと言っていた。単なる落盤かも知れんが・・・。とりあえず、お前も来い」
「ちょッ、ちょっと待てよッ」
「手ぶらで帰るより良かろう?」
そういって阿門はもう、皆守がついてくる事を疑わない素振りで出て行こうとする。
その様子に、皆守は心底、ため息をついた。
「───ッたく、お前の呼び出しに応じるといつもロクなことにならないな」
「・・・まあ、そう言うな。行くぞ───」
わずかな肩越しにそれだけ言って、阿門はコートを翻した。


■天香學園地下─── 遺跡内

「こいつは・・・」
《大広間》に降り立ち、皆守は呆然となった。
───バー《九龍(カオルーン)》のマスター・千貫厳十郎の誘導で久方ぶりに潜ったこの《遺跡》は、最後の戦闘で荒れ果てた時よりも、さらに破壊が進んでいた。
「・・・いったい、何事だ?」
後から降り立った阿門が眉をひそめ、低く呟く。
床は崩壊し、周囲の柱でかろうじて天井が支えられている。いくつもの《間》に続く扉は、あるいは閉ざされ、あるいは崩れて、見る影もない。
その向こうを透かし見ていた皆守が、ハッと何かに気づいて息を飲んだ。
「・・・・・ッ!!」
「どうした、皆守?」
阿門が尋ねるが、皆守はもう瓦礫を越えて走り出していた。《大広間》の奥へと。
「───どこへ行く!?」
闇と不気味な静寂の中、迷わず、阿門もそれを追った。

「扉が・・・」
最奥、かつて《魂の井戸》と呼ばれた部屋があった辺りで、阿門は周囲の惨状に息を飲んだ。
鳥居だった柱が大きく崩れ、その向こうの扉は、中からの爆発とおぼしき衝撃で吹き飛んでいる。
皆守はその瓦礫の山の中ほどで、気が違ったように折り重なる岩や土砂を掻き分けていた。
「クソッ───!! 何が起きたってんだ!! なんで、こんなトコに───!!」
毒づきながらも、その手は止めない。
「皆守、いったい・・・」
近づき、問いかけた阿門は、彼がまさに掘り出そうとしているものに気づいて、目を疑った。
「・・・・・ッ?」
「おいッ!! ───洸(アキラ)! しっかりしろッ!!」
皆守の悲痛な声が響き、阿門は今度こそ驚きに息を飲んだ。
「─────ッ!?」
瓦礫の下に倒れていたのは、《転校生》九頭見 洸だった。

《転校生》───否、だった、と言った方がいいだろう。
彼は昨年の九月にこの學園に現れ、《宝探し屋(トレジャーハンター)》として《山》に潜入し、ついにはその封印を解く事に成功して、次の任地へ赴いた───そのはずだったのだ。転校してくる者は多いが、転出したのは彼が初めてだ、と誰もが驚いた。
「(それが、なぜ今ここに───?)」
さしもの阿門も驚きを隠せない。しかし、それ以上に動揺しているのは、彼が天香にいた間、いちばん身近にいた皆守だった。
「洸(アキラ)! 洸ァ───!! 目を開けろッ、おいって!!」
気を失っているらしい九頭見をゆさぶり、必死に目を覚まさせようとしている。
「・・・よせ、皆守。とにかく、ここから運ぶんだ」
今は重傷を負っているらしい彼を助ける方が先決だ、と阿門は皆守を押しのけるようにして九頭見を助け起こした。
九頭見は、細身の身体を黒っぽいタクティカルスーツに包んでいる。装備で重量を増したアサルトベストに手をかけ、いまや重しにしかなっていないそれを脱がせようとした、その時だった。九頭見の腰のパウチの中から、無情な声がした。
『血圧低下、心肺機能低下、自発呼吸に異常───』
「・・・・・ッ!」
皆守の顔が不安に歪んだ。九頭見が携行しているH.A.N.T(Hunter Assist Navigation Tool)の合成音声だ。低めの女声は、抑揚のない声色でさらに続けた。
『・・・心肺機能停止。CPRを実施してください』
「くッ・・・」
阿門は、事態の重大さに唇を噛んだ。
CPRとは『Cardiopulmonary Resuscitation』─── すなわち、気道確保・人工呼吸・心臓マッサージに代表される、 心拍停止後に行う心肺機能蘇生法のことだ。人間の脳組織は血流が停止して4〜6分で不可逆的な変化をきたすとされている。 つまり、このままでは確実に死んでしまうということだ。
「クソッ───!」
皆守は、なおも九頭見の身体にのしかかっている瓦礫を再び夢中でかき分け始めた。最後の石を蹴るようにして押しのけ、九頭見の頬を叩く。
「おい、洸! しっかりしろッ!! おいッ!!」
「む・・・?」
その時、阿門は《魂の井戸》であった部屋の奥の異変に気づいた。
間を置かずして、H.A.N.Tが告げた。
『───敵影を確認』
「チッ───」
その声に、敵というその言葉に、皆守も我を取り戻した。
『移動してください』
H.A.N.Tの声に、阿門は九頭見をしっかりと抱え上げると、皆守へ警告した。
「・・・引くぞ」
「あぁ───」
そういうと、皆守は九頭見のアサルトベストを手に取り、そして叫んだ。
「阿門、お前はそっちだ!」
皆守が手にしている物を認めて、阿門も頷き、九頭見を抱えたまま走り出した。

───轟音とともに、異様な叫び声が《魂の井戸》から響き渡った。
まるで巨大な蜘蛛を思わせる脚が、何本もいっせいに、崩れた扉から這い出てくる。
阿門は九頭見を抱え、それに背を向けて走った。
化け物が狭い扉を押し砕くようにして身を乗り出そうとしたその時、その腹の下へ、壁を背にした皆守が手榴弾を投げこんだ。
開かれたままの戸の形に、大広間へと爆風が走る。
耳をつんざくような化け物の悲鳴が響き渡った。断末魔の声すらかき消すように、《魂の井戸》の部屋が音を立てて無残に崩落する。
もうもうと立ちこめる砂煙が静まる頃、九頭見のパウチからH.A.N.Tの音声がした。

『敵影消滅。安全領域に入りました───』

「───坊っちゃま!!」
墓地に繋がる《岩戸》の下にたどり着くと、待ちかねたように、上から千貫の声が降ってきた。
忠実な阿門家の執事のことだ、突然の爆発音に、主人の身を案じていたのだろう。
「俺は無事だ───。厳十郎、合図をしたら引き上げてくれ!」
阿門は千貫にそう指示すると、気を失ったままの九頭見を皆守に押しつけるようにした。
「・・・俺と、よりはいいだろう。皆守、ロープを身体に巻け」
「あッ、あぁ・・・」
皆守の両脇にロープを通すと、阿門は九頭見と皆守を抱き合わせるようにそれを結んだ。ロープの下端を支える。
「よろしいですかな、引き上げますぞ!!」
千貫の声がするや、ウインチが回る音がし始めた。 

「(洸・・・。なんで、こんな形で戻って来た?)」
大丈夫だ、生きている、まだ生きている───、腕の中の九頭見の体温に、皆守は何度もそう繰り返していた。
「(クソ、嫌だって言ったはずだぜ、ツラ知ってる奴が死ぬのは───。お前だってそうだろ? 洸・・・お前だって・・・)」
ゆっくりと巻き上げられるロープにじりじりしながら、皆守は思わず、九頭見を抱える腕に力を込めていた。
「(お前の墓は、少なくともここじゃねェ───)」

 
■天香學園敷地内─── 男子寮

皆守と阿門は、今は空室となっている、かつての九頭見の部屋に彼を運び込んだ。
「・・・あちこち怪我はしているが、命に別状はないようだ」
事後処理のため残留していた校医の劉瑞麗(リュウ ルイリー)にそう診断され、阿門と皆守はほっとした。
「骨折などの様子もない。───もともと丈夫な子だし、少し休ませれば大丈夫だろう」
そういうと、一仕事終わった時の常で、瑞麗は愛用の煙管を取ると、皆守の方へと突き出した。しぶしぶ彼がそれに火をつけると、彼女はさも旨そうに紫煙をふかしながら、訝しげな顔をした。
「それにしても、どういう事だ───? 彼が戻ってくるなど・・・一体、どうやって?」
「俺に聞くなよッ。───ったく、ワケわかんねェ・・・」
そう毒づいた皆守は、備え付けの学習机の上に放り出されたままのH.A.N.Tに、ふと目をとめた。
「・・・・・・」
───あれには、探索中の遺跡すべてのデータが収められているはずだ。メールも、画像も。
しかし、その考えを見抜いたらしい阿門が、唇をゆがめて笑った。
「無駄だ、止めておけ。見たところ、そのPDA(Personal Digital Assistant:携帯情報端末)は指紋照合だ。本人以外では起動せんよ」
「・・・チッ」
思わず、ふてくされたように舌打ちする。
そんな皆守を放っておいて、阿門が瑞麗に何やら声をかけた。彼女が頷き、皆守を振り返る。
「───皆守、彼を頼むぞ」
「どこ行くんだよ? 患者ほっといて・・・」
「阿門君と話がある」
「・・・・・・」
ふたりが部屋を出ていくのを確かめてから、皆守は九頭見が眠るベッドの端に腰を下ろした。
「ッたく、このバカ・・・いったい今は、どこを探索(ウロウロ)しているんだか・・・」
そう呟きながら、彼は九頭見のH.A.N.T.を取り上げ、自分の膝に置いた。慣れた手つきで、それを開く。
それから皆守は、そっと九頭見の右手をとった。
「・・・意味ねェぜ。『鍵』なら、ここにあるんだからな」
キーボード入力のパスワードも、皆守の動体視力の前では意味をなさなかった。九頭見が使うのを何度も見ていたから、変更されていなければ、あれで正解(ビンゴ)のはずだ。
「・・・・・・」
しかし、あらためて手の平を重ねてみると、自分とそう大差ない手だ。
同じ年齢の、同じような体格の───だが、その手に染みついた匂いは、皆守のそれとあまりにも違う。
砂埃と、硝煙の匂いだ。それは銃を握り、武器を取り、自分の信念のために闘い続けている証だった。
「ん・・・?」
ふと、その手が力を取り戻した。皆守の手を握り返してくる。
意識を取り戻したらしい。
「よォ───。気がついたか、洸」
それをさらに強く握り返して、皆守は穏やかに彼に声をかけた。
「・・・甲太郎・・・?」
やっと目を開いた九頭見は、その名を呼んだものの、信じられない、という顔で皆守を見た。ぼう然と周囲を見回して、呟く。
「俺・・・」
「ふん───。懐かしいか? ここは天香の男子寮だ。お前はどういうわけか《墓》に倒れてたんだ。あの遺跡にな」
九頭見に手を握らせたまま、からかうように皆守は言った。
「驚いたぜ。大広間の扉がひとつ吹っ飛んでるかと思えば、お前がぶっ倒れてるんだからな。しかもそこから、見たことのねェ化け物が出てくる───。お前、今はどこをほっつき歩いてるんだよ? 化け物連れで戻ってくるなんて・・・」
「・・・・・・」
まだぼんやりしている九頭見を、皆守はさらに揶揄した。
「ッたく───、あんな消え方しておきながら出戻ってくるなんて、みっともねェな。え? コウちゃんッ」
「へへッ・・・そうかも」
ようやく、見慣れた笑顔を見せた九頭見は、嬉しそうに続けた。
「じゃ、次の探索はついてきてくれよ、甲太郎。バディ募集中ッ」
「ちッ、お断りだ。お前の面倒に、俺を巻き込むなって何度言わせるんだ」
その言葉とは裏腹に、皆守は、痛むほどにしっかりと九頭見の手を握りしめた。
夢じゃないだろうな、と呟きかけた九頭見は、力強いその確かな痛みに、ようやく、これが現実だと安堵したようだった。

「・・・お帰り、《転校生》・・・」
「ただいま・・・甲太郎」

「───目が覚めたかね?」
ドアが開くや、瑞麗の安堵した声がそう尋ねた。
「ルイ先生・・・マスターまで・・・」
彼女の後ろに阿門と、そして千貫がいるのを認めた九頭見が声をあげる。それへ優しく微笑みながら、千貫が言った。
「坊ちゃまのお言いつけで、気付けのブランデーをお持ちしたのですが・・・どうやら、必要なかったようですな」
「え、マスターが未成年にブランデー出してくれるなんて・・・俺、そんなに重症?」
「自覚してねェのかよ、お前・・・」
思わず皆守が毒づくと、千貫は楽しそうに笑った。
「ハハハ・・・なんにせよ、お怪我が軽くて良う御座いました。よろしければ、冷たい牛乳(ミルク)でもお持ち致しましょうか」
「うん───マスターの牛乳、飲みたかったんだ」
「・・・そう大して違わねェだろ・・・」
無邪気な微笑みに皆守が呆れると、九頭見はひょいと続けた。
「あ、甲太郎(おまえ)の特製カレーも喰いたい」
「・・・とって付けたように言うなッ」
思わず皆守がそう切り返すと、阿門がかすかに笑んだ。
「ふッ・・・」
「はははッ。それだけ言えれば大丈夫だな───」
面白そうに一部始終を眺めていた瑞麗が、とうとう声をあげて笑い出した。

「───で?」
いらだたしげに喫煙具の吸い口を噛みながら、皆守が口を開いた。
「で・・・、って?」
「とぼけるんじゃねェ」
備え付けの椅子を荒っぽく引き寄せ、背もたれを前にして九頭見のベッドの脇にどっかりと腰を下ろすと、皆守はなおも厳しい口調で続けた。
「何が起きたのか、聞かせてもらおうか。どうやって天香の遺跡に舞い戻った?」
「・・・・・・」
急に、九頭見は拗ねたような顔で黙り込んでしまった。それに、かえって得たりとばかりに皆守が突っ込む。
「だいたいなァ、お前、気づいてなかったかも知れねェけど、化け物のオマケ付きだったんだぞ? 俺が仕留めたからいいようなものの、アレが地上に出てたらお前、どうするつもりだったんだよ? 新宿を怪獣映画の舞台にする気か?」
「・・・・・・」
なおも黙り込む九頭見を見かねたか、千貫がやさしく割って入る。
「なかなか・・・手ごわい相手だったようですな」
「・・・うん、まぁ・・・」
それだけ答えると、九頭見はなぜか、深く考え込むように、呟いた。
「最後の最後に、俺が帰りたいと思ったのは何処でもない、天香だったんだな・・・生まれ育ったロンドンじゃなくて・・・」
「・・・・・・」
今度は、皆守らが黙り込んでしまう番だった。

九頭見の話は、こうだった。
───次の任地も、奇しくも天香の地下と同じ系列の超古代文明のものだった。
巨大な敵に追いつめられ、見知ったそれによく似た《魂の井戸》の扉に叩きつけられた瞬間、死を覚悟した九頭見は思ったのだ。
友に会いたい。もう一度だけ、あの場所に帰りたい・・・、と。
一種の《転送装置》である《魂の井戸》は、その想いに答えたのだろう、と。

「帰りたい場所・・・、か」
阿門のその一言で、皆守と九頭見は思い出していた。すべての発端となった、あの日を───


◆ 1st.Discovery 謎の転校生



■今を遡ること半年・・・
 2004年9月・新宿─── 私立天香學園高等學校


「うそッしょ───。マジ、ここ新宿?」
九頭見洸の、第一印象はこれだった。
───学校法人・私立天香(かみよし)學園高等學校。明治初期に創立された全寮制の共学校である。『徹底した学力強化と規律ある生活』をモットーに、生徒は規則正しい生活を義務づけられ、長期の休み以外は校外への外出も禁じられているという、一種のスパルタ校だ。そのために、広大な敷地の中には生活に必要なほとんどすべての施設が整っている。まるで東京の中の独立国だ。
「・・・ひぇ〜、やっとパブリックスクールを出られたと思ったのに・・・」
まさに、イギリスのパブリックスクール(全寮制男子校)もかくや───と、九頭見はすっかりしょげている。ことに、彼がいたパブリックスクールはそのカリキュラムのレベルも規律の厳格さも、他校と比べてひときわ高かったので、その落胆はひときわ大きい。スパルタ校からスパルタ校へ、というわけだ。
「メチャクチャだよぉ・・・エジプトからいきなり空輸で新宿、しかも治外法権みたいなクローズド(閉鎖)空間へなんて・・・」
───初仕事となったエジプトのヘラクレイオン遺跡で、《秘宝の夜明け(レリック・ドーン)》を名乗るテロリストと一戦交えて、危ういところをロゼッタ協会の《天翔る医師団》に助けられた。そこまではよかったのだが、彼を救助した機はそのまま飛行を続け、あろうことか成田に到着したのだ。
「・・・いっぺんぐらい帰国させろよッ。ホント、優しさのない協会(しょくば)だぜ・・・」
がっくりとうなだれてから、九頭見は肩にした荷物をもう一度背にした。
「まァ・・・しょーがねェか・・・」
そう言って顔をあげ、正門から臨む建物を一瞥する。
───随所に東洋と西洋文化の融合がみられると謳われるとおり、一見すると西洋風の校舎など、レトロ・モダンな雰囲気が漂う。渡り廊下で結ばれた大きな校舎、照明の整備されたテニスコート、室内プールとおぼしき建物、そして寮・・・ロゼッタ協会から指示があったような、超古代文明の遺跡が眠っている場所とは到底思えない。
しかし、九頭見はふんと鼻を鳴らした。
「・・・Who knows what might happen.(鬼が出るか蛇が出るか)・・・ってね。確かにコレじゃ、フツーの奴じゃ潜入できないっしょ」
不敵な笑みを浮かべてそう言うと、彼は確かな足取りで、校舎へと向かった。
Make My Day───, と小さく呟いて。

───同時刻。私立天香學園高等學校のサーバーが、新たな《転校生》のデータをはきだした。

九頭見 洸[くずみ・あきら]。東京都出身、ロンドン在住。国籍イギリス。
 生年月日:1986.06.13/血液型:AB
 身長:177cm/体重:68kg/視力:2.0
 得意科目:化学─── 3−Cへ編入。

・・・彼らが生まれた1986年───
76年ぶりにハレー彗星が接近したその年、世界は、激動の時代の幕開けを迎えていた。
ソビエト社会主義共和国連邦でミハエル・ゴルバチョフ書記長が「ペレストロイカ」路線を推し進める中、1月28日にはアメリカのスペースシャトル「チャレンジャー」が離陸直後に爆発、7人の宇宙飛行士全員が死亡。科学界に衝撃が走る中、さらに4月26日には核開発史上最悪の危機、チェルノブイリ原発事故が起きるという、ショッキングな年であった。翌年、バブル経済を謳歌する日本企業がゴッホの「ひまわり」を史上最高額で落札したのに対し、10月19日にはニューヨーク株式市場で株価が暴落。のちに「ブラック・マンデー(暗黒の月曜日)」と呼ばれるこの日以降、さらに1990年代のドイツ統一、ソビエト崩壊、そして湾岸戦争を経て、世界は明日の見えない世紀末へと進むこととなった・・・。そして21世紀。

2004年9月21日 ───

◆この日、日本政府はイラクに駐留している自衛隊の派遣継続を表明した。
「積極的に関与する必要がある」と、当初期限の12月14日以降も駐留は継続される───。


■天香學園・3−C教室─── 朝

「みんな、静かに───」
3−C担任の雛川亜柚子が、いつものように生徒にそう声をかけた。
厳しい校訓のわりには、生徒はいたってのんびりしていて、けして真面目というわけではない。いつも賑やかだ。
それを制して、彼女は連れてきた男生徒を紹介した。
「今日から、みんなと一緒にこの天香學園で学ぶ事になった、転校生の九頭見 洸 君です───」
───八千穂 明日香は、彼女にとって数人目となる《転校生》を、興味津々で見つめていた。
雛川の紹介は続いている。
「九頭見君は、今まで外国で生活していて、先日、日本に戻ってきたばかりなの。早く、日本に慣れて欲しいというご両親の希望で、全寮制の本校に転校してきました。寮生活では、わからない事が多いと思いますが、みんな、仲良くしてあげて下さいね」
「(九頭見 洸クンかぁ───)」
長期休暇以外、彼女の毎日は、校舎と、テニスコートと寮の往復。友達も多くて部活も充実、それなりに楽しくはあるのだが、同じ事の繰り返しに思える毎日を過ごしていると、三年という限られた時間を忘れ、ひょっとしてこの日常が永遠に続くのではないか・・・そんな気になる時もある。
だから、いかに転校生が多くとも、彼女はいつも「何か」を期待してしまうのだ。
「(海外って、どこからだろ? 夕薙クンがアメリカだから、今度はヨーロッパがいいな・・・なんてねッ)」
自分の自己中心的(ジコチュー)な考えに、内心クスクスッと笑ったところで、雛川が伸びをするように教室を見回した。
「それじゃ、九頭見君の席は───」
「ハイッハイッ! ハ〜イッ!!」
八千穂は思わず、小学生のように立ち上がって元気よく手を挙げた。
「あたしの隣が開いてま〜す!!」
「そうね、この間の席替えで丁度、空いていたわね」
雛川が微笑む。同時に、他の女生徒からの冷やかしがあちこちから飛んだ。
「きゃ〜、明日香、積極的〜ッ」「ずる〜い、自分だけ〜」
「もう・・・そんなんじゃないよ」
にわかに騒がしくなる生徒達を優しく見回して、雛川が頷いた。
「それじゃ、九頭見君。八千穂さんの隣の席に。何かわからない事があったら、八千穂さん、教えてあげてね」
「は〜いッ」
「それじゃ、席について。出席をとります───」


■昼休み─── 天香學園・屋上

「ふァ〜あ、うるせェな・・・」
賑やかな中にも、のんびりした空気の漂う昼休み。陽のあたる屋上で気持ち良く惰眠をむさぼっていた皆守 甲太郎は、聞き慣れた女生徒の声に舌打ちして背伸びをした。
「───転校生ごときで盛り上がって、おめでたい女だ」
「あッ、皆守クンッ!!」
ようやく彼に気づいたらしいクラスメートの八千穂 明日香が、給水塔の日陰にひっくり返っている彼を認めて声を上げる。
それへわずかに薄目を開けて、皆守は呟いた。
「授業を休講(フケ)て昼寝してりゃ、屋上で大声出しやがって、うるさくて寝られやしない」
「どうりで、授業中に姿が見えないと思ったら。朝からずっと、ここにいたの?」
「まァな」
言いながら、皆守は八千穂が連れている男生徒を一瞥した。
「非生産的で無意味な授業を体験するぐらいなら、夢という安息を生産する時間を過ごした方がマシだからな。よッ───と」
気だるげに立ち上がり、皆守は今度こそ《転校生》を見つめた。
「お前もそう思うだろ? 転校生」
「まァね───」
《転校生》はクスッと笑って、わずかに肩をすくめた。洋画でよく見るジェスチャーだ。
「中々、話がわかるじゃないか」
そう言って皆守は、遠慮なく目の前の《転校生》を観察する。
身長も体格も、細身の皆守とそう大差ない。短めに整えた黒い髪、やけに強い光を放つ大きめの黒い瞳が、興味深そうに皆守を観察し返している。
動作がいちいち海外ドラマ風なのは仕方がないとして、───皆守が気になったのはその《気配》だ。同じ天香の学生服に身を包み、自信に満ちた俳優のようにスラリと立っているのだが、リラックスしているはずなのに、やけに機敏な動きを見せる。素直でストレートな口調に反して、口元には皮肉とも不敵ともとれる笑みが浮かんでいる。
「(・・・ふん・・・)」
皆守が黙っていると、真面目な八千穂が先ほどの言葉尻をとらえて反論した。
「もう・・・何いってんの、皆守クンッ。───大体、そんなとこで煙草(タバコ)吸ってたら、先生に見つかって退学処分だよ?」
「やれるもんならやってみろよ。こいつは、煙草じゃなくアロマだからな。───いわゆる、精神安定剤って奴だ」
軽いノリでうそぶくと、八千穂が鼻白んだ。
「そういえば・・・、ラベンダーの香りが」
ラベンダーは『丘紫(おかむらさき)』とも言い、アロマテラピーで広く利用されている万能精油のひとつだ。その香りは心を穏やかにし、不眠症などにも効果があるとされる。
「どうだ? お前らも試してみるか?」
意外にも、それに答えたのは《転校生》だった。
「ラベンダー・・・地中海地方を中心に古代ローマ時代から愛用されるハーブ。陽当たりのいい、石の多い斜面を好む多年性の常緑草。ハチミツも美味しいよね。意味は《道徳》《勤勉》《承認》そして───《用心》」
「・・・・・・」
「吸飲するには悪くない。良かったら、今度貸してよ」
「ふん・・・。病み付きになっても知らないぜ?」
「ふふッ───」
「(こいつ・・・)」
皆守がその真意を推し量っていると、またも八千穂がふくれっ面をした。
「もォ〜、一人でこんな事ばっかしてないで、少しはみんなと遊んだりした方がいいよ?」
そう言うと、《転校生》を促す。昼休みも終了間近だ。
「九頭見クン、そろそろ行こッ。皆守クン、またね」
「そうだ、転校生」
立ち去りかける二人を、皆守は呼び止めた。《転校生》が困ったような顔をする。
「・・・九頭見 洸(くずみ・あきら)だ。九つの頭を見るに、さんずいの光───」
それを聞かない素振りで、皆守は続けた。
「お前が楽しい學園生活を送りたいなら、ひとつだけ忠告しておく───」
「・・・・・・」
「《生徒会》の連中には目をつけられない事だ。いいな?」
「Thank you ─── I'll be all right」
《転校生》の返答に、皆守はわずかに目をすがめた。
「・・・まァ、これも同級生のよしみって奴だ。一応、忠告はしたぜ? 後は、勝手にしろ。───じゃあな」
「あッ、皆守クンッ。どこ行くの?」
慌てる八千穂に、彼はニヤリと笑ってみせた。
「屋上は、うるさいんでな。新しい寝床探しだ」
「あ・・・」
それだけ言って、彼は二人に背を向けた。
「(あいつ・・・なかなかの食わせ者だぜ)」
皆守は、ひそかに舌打ちしていた。
他でもない、《転校生》───九頭見 洸の切り返しにだ。
彼は、皆守の忠告にこう答えたのだ。

『《生徒会》の連中には目をつけられない事だ。いいな?』
『───そりゃ、ご丁寧にどうも』

「(九頭見 洸、・・・か)」
遠くから、八千穂の声がかろうじて聞こえる。
「・・・今のが、あたしたちと同じC組の皆守 甲太郎クン。いつも、ああやってひとりでいるんだ。本当は、いいとこもあるのになァ・・・」
「(・・・分かったような事言いやがるぜ・・・)」
───その時、昼休み終了の予鈴が鳴り渡った。いつもと変わらぬ、學園の午後のはじまりだった。


■その夜 ───天香學園男子寮

九頭見の個室の呼び鈴が鳴った。
「カメ急便で〜すッ」
宅配便の制服を着た青年の声に、九頭見は個室のドアを開けた。
「あッ、どうも・・・」
「えェと・・・九頭見 洸さんですね。ここにサインを・・・」
「はい───」
九頭見が受領証にサインをしている間、宅配便の青年は制帽のひさしの下から興味深そうに彼を見守っていた。
「転校生? 初めて見るけど・・・」
受領証を胸ポケットに突っ込みながら、青年が人懐こく尋ねる。
「はい・・・」
「そうか、海外は今が新学期だからね。早めに帰国したわけだ。───あッそうそう、ウチ、荷物の集荷もやってるから。これ番号ね」
そういうと、彼は携帯電話の番号が書かれた、名刺サイズのカードを九頭見に手渡した。
「発送する荷物があったら、ここまで。よろしくッ」
「お疲れさまで〜す」
ユーモラスな『カメさんマーク』の描かれた背中に声をかけると、九頭見は荷物を抱えて個室へと引っ込んだ。
───荷物の発送者は、《ロゼッタ協会》だ。
中身は、どうやって発送したものか、サブマシンガン・・・H&K(ヘッケラー&コック)MP5A4とその弾薬である9mmパラベラム、コンバットナイフ、それにガスHG(HG = hand grenade:手りゅう弾, 手投げ弾。grenadeの語源はフランス語で『ザクロ(柘榴)』。形が似ていることから。)が3発。
ヘラクレイオン遺跡で使用したものと同じ、必要最低限の装備、というわけだ。
「まッ───これなら何とかなるかな」
H&K(ヘッケラー&コック)のMP5シリーズは、NATO加盟国を中心に世界的に高い評価を得ているサブマシンガン(SMG)だ。軍隊や警察だけでなく、イギリスのSAS(Special Air Service:英国陸軍特殊空挺部隊)など特殊部隊も採用している。分解が難しいのと高価なのがネックとされる以外は、これといって欠点もない。
このSMGが一躍有名になったのは彼らが生まれる以前の1977年、ソマリア・モガディシオ空港でのルフトハンザ航空機ハイジャック事件だ。当時の西ドイツ国境警備隊の特殊部隊GSG-9の精鋭28名が、英国SASの隊員2名とともに、このH&K MP5を携えて突入、わずか5分足らずで機内を掌握し、人質86人全員の救出に成功した。
───1970年代、各国で『赤軍』を名乗るテロリストによるハイジャック事件が多発していた。おりしも、ボーイング747・通称「ジャンボジェット機」が就航、空路による大型輸送時代が幕を開けたばかりだった。当時、日本に関連するものだけでも1970年の「よど号ハイジャック事件」、1972年「テルアビブ空港乱射事件」、1973年「日航機乗っ取り事件」、そして1975年の「クアラルンプール事件」が挙げられる。そんな中、1977年10月13日、西ドイツ赤軍を名乗る4人組にハイジャックされたルフトハンザ航空機がソマリア・モガディシオ空港に着陸。犯人グループは仲間の釈放を求めて乗員・乗客86人を人質に立てこもった。しかし、1972年のミュンヘン五輪において、パレスチナゲリラの襲撃を受け選手に犠牲者を出して以来、テロへの対決姿勢を貫く西ドイツ政府は極秘裏に強硬措置にうってでた。西ドイツ国境警備隊の特殊部隊GSG-9(ゲリラ対策特殊部隊)の精鋭28名は、英国SASの隊員2名とともに10月18日早朝、扉を爆破して機内へと強行突入。犯人グループ全員を射殺し、108時間ぶりに人質全員を無事解放した。これ以降、この時使用されたH&K MP5の評価は一気に高まり、各国がこぞって採用していく。
発射速度は毎分800発、H&Kのお家芸であるローラー・ロッキング・システムを採用し、命中精度も高く、自重も軽い。遺跡のようなCQB(Close Quaters Battle=近接戦闘。25m程度までの至近距離における、おもに閉鎖空間での戦闘テクニック)が想定されるケースではもってこいだ。
「9mmじゃキズもつかねェ───なんてコトにならなきゃいいけど」
ヘラクレイオン遺跡で出くわした巨大な魔物を思い出し、九頭見は苦笑して肩をすくめた。
「それじゃあ早速、使ってみるかな───」
慣れた手つきでH&K MP5A4を構え、照準を覗き込むと、彼は不敵な笑みを浮かべた。


■天香學園敷地内─── 墓地

寮内が寝静まった頃を見計らって、九頭見は装備を整えて墓地へと足を踏み入れた。
『死体が埋まっているんじゃないってわかってはいても、學園の敷地の中に墓地があるなんて・・・ちょっと怖いと思わない?』
「(怖いっつーより・・・アヤシいって)」
脳裏をよぎった八千穂の言葉に切り返して、九頭見は辺りをうかがった。
「(『死体はない』と説明しなきゃならない墓地なんて、ありえねーだろ・・・行方不明者の帰還をマジで望むんだったら、『墓地』って言っちゃいけねェよな・・・)」
そんな事を考えながら、立ち上がって左右を見回した、その時だ。
「九頭見クンッ」
「─────ッ!!」
元気のいい女生徒の声に、九頭見は思わず飛び上がった。
「な・・・!」
驚いて振り返った先にいたのは、クラスメートの八千穂 明日香だった。
「へへへ〜。こんな夜に墓地に来て何してんの?」
「な・・・何って・・・」
「まさか、ひとりで肝試ししてる訳じゃないよねェ〜」
「え・・・えっと・・・」
なにぶん、《探索》自体がまだ二回目だ。こんな事態はもちろん初めてなので、どう誤魔化していいかわからない。それへ、八千穂は楽しそうに続けた。
「そうだッ。もしかして、幽霊が見てみたいとか?」
「あ───ッ、そうそうッ!! 昼間、八千穂が言ってたから、ちょ〜っと見てみたいかな〜なんて・・・」
「やっぱりねェ・・・って、そんな訳ないでしょッ!!」
あっさり失敗。
「まァ、幽霊が見たいか見たくないかはともかく・・・」
そう言うと、八千穂はいかにも興味津々で九頭見の装備を見回した。
───さすがにSMGだけはキャリング・バッグに納めてきて正解だった。しかし、である。
「ベストに手袋、それにゴーグルなんて着けて───何でそんな格好してるの?」
「あ〜・・・えーっと・・・」
つけくわえるとフット・ギアもNATO軍仕様のコンバットブーツなのだが、まあそれはさて置いて、しどろもどろになっていると八千穂があっという顔をした。
「もしかして、スパイとか?」
どこのだ。何のだ。どうしてだ。───それには構わず、八千穂が続ける。
「あッ、でもそういう格好の人、何かで見た事あるな〜。え〜と何だっけ、ト・・・ト・・・、トリじゃなく、トロ・・・?」
「───って、トロ職人?」
「そうそう、毎朝、新鮮なネタを仕入れて、お客さんにおいしいトロを食べてもらう───って、違〜うッ!!」
派手なジェスチャー付きで否定してから、八千穂は怒った顔をした。
「しかも、どんな職人よッ」
「・・・いや、全部お前が言ったんだって」
「いいよ、後で自分で調べるから」
どうやってだろう。
「まァ、でも、見つかったのがあたしで良かったじゃない。九頭見クンの正体、誰にもいわないから安心して。ふたりだけのひ・み・つ」
「あァッ、ありがとう八千穂〜! なんかもう、女神様に見えるぜッ。俺、───惚れちゃうかも」
九頭見の大げさなリアクションに、八千穂はやや恥ずかしそうに微笑んだ。
「共通の秘密をもつ二人の間に芽生える禁断の愛───。ロマンチックよねェ」
と、言ったところで素に戻る。
「ところでさ、何か墓地で面白いもの見つかった? あたしもいろいろ怪しいとこを探したんだけど、実際、墓地なんてどこもかしこも怪しくて・・・」
「・・・・・・」
「う〜ん。・・・ん?」
そこでふたりは、何かが動く音に気づいた。
草むらの中を何かが移動しているような気配だ。
「何か音がしない?」
「シッ───、聞こえてる」
ほどなく、何かが倒れる音に続いて、歯車が軋むような音が聞こえた。かなりはっきりした音だ。
「あっちから聞こえるわ。見に行ってみよッ」
八千穂が言うのと前後して、九頭見も走り出した。
墓地で起きるような音ではない。あれは───。
「確か、この辺りから───」
八千穂がきょろきょろしている隙に、九頭見はひとつの墓石の傍らに屈みこんでいた。
「何か見つけた?」
息せききって駆けてきた八千穂は、九頭見の視線の先に気づいて声をあげた。
「あッ!! 何それ?」
「・・・・・・」
「墓石の下に穴が・・・。一体、何の穴だろ? 人がひとり通れるぐらいはありそうだけど・・・」
「何かを納めたにしちゃ大きいな・・・」
その時だった。
「おい」
「きゃッ!!」
穴を覗き込んでいた九頭見と八千穂の背後から、聞き覚えのある気だるそうな男生徒の声がしたのだ。
「まったく・・・困った連中だぜ」
「皆守クンッ!!」
振り返った先に佇んでいたのは、呆れ顔の皆守 甲太郎だった。
「八千穂はともかく、転校生のお前まで墓地で肝試しかよ? それに・・・何だそのイカれた格好は?」
「あのさ、皆守クン。実はそこの墓石の───」
八千穂が言いかけるが、皆守の叱責は終わっていなかった。
「夜の墓地への立ち入りは校則で禁じられている。違反する者がいないか、《生徒会》の連中も目を光らせているって話だ」
「・・・・・・」
八千穂がしょげると、皆守はいつものうすい笑みを浮かべて、さらに続けた。
「まァ、それだけじゃなく、実際、この辺りは物騒だしな。三ヶ月前にも、この墓地のある森で、生徒が行方不明になっている」
「(やっぱ、それって前任者なのかなァ・・・)」
そんな事を考えていた九頭見を、皆守がじっと睨みすえた。
「せっかく、俺が今夜は出歩くなと忠告してやったのに・・・」
「───Sorry. でも・・・」
「息苦しくても我慢しろ。トラブルに巻き込まれたくなければな」
「・・・・・・」
九頭見が肩をすくめると、今度は八千穂が食ってかかった。
「そういう皆守クンだって、墓地で何してんの? もう寝てるかと思ってたよ」
「寝ようとしてたんだが、何だか寝付けなくてな・・・。それで、気分転換に夜の散歩でもしようと思って、墓地(こっち)の方へ来たのさ。この辺りは、夜ともなればほとんど人が来ない。静かに散歩するには、もってこいだからな」
「それじゃ、校則違反じゃない。それに、さっき墓地の辺りは物騒だって・・・」
「別に墓地に入ろうなんて思ってなかったさ。通りがかったら、話し声が聴こえたんで、覗いて見たらお前らの姿が見えたんだ。そんな事より、八千穂───お前こそ、何だって墓地にいるんだ?」
「あたしは、月魅の話が気になって・・・」
「七瀬の?」
七瀬 月魅は隣のクラスの女生徒で、天香學園の図書委員長でもある。
「うん。何かさ、この天香學園に秘密があるとかいってるんだ。特に、この墓地が怪しいっていってたから、夜になったら見に行ってみようかな〜って。へへへッ」
「暇人が・・・。こんなシケた學園に何があるってんだよ?」
「え〜、でも先生や生徒が行方不明になったり、幽霊が出るとかいう噂があったり、絶対、怪しいと思うけどなァ」
「・・・・・・」
皆守は黙っている。
「それにほら見て、そこの墓石が動いてて、その下に穴が───」
八千穂がそう言ってそちらを指差した時だ。墓場の土に、硬いものが突き刺さる音がした。
「誰だ・・・墓地に無断で入り込む者は?」
「──────ッ!?」
しゃがれ声に驚いた三人が一斉に振り返ると、不気味な老人がこちらを睨んでいた。
「きゃッ」
思わず八千穂が悲鳴をあげるのを、皆守がなだめる。
「安心しろ。こいつが、墓地の新しい管理人だ」
「え・・・?」
驚く八千穂を一瞥して、墓守の老人は低い声で彼らに詰問した。
「誰の許可があって、墓地に入り込んだ?」
「あッ、あの・・・」
おろおろする八千穂に構わず、墓守は今度は九頭見に向き直った。
「さっさと出て行け。さもなくば、土の中に埋めてしまうぞ?」
「───そいつはご免こうむりたいね」
「生意気な態度だな。俺の経験から言わせてもらえば、お前のような奴が真っ先に死んでゆく」
「・・・俺の記憶では、賢者は歴史に学び、愚者は経験にすがるって言うけど?」
静かに睨み合う墓守と九頭見の間に割って入ったのは皆守だった。
「こいつは転校生なんだ。勘弁してやってくれないか」
「ふん。また転校生だと? ひとつ墓石が増える事にならなければいいがな」
「・・・・・・」
皆守が押し黙ったのを見て、墓守はまた重々しく口を開いた。
「今回は見逃してやる。さっさと行け。俺の気が変わらんうちにな」
「・・・・・・」
「もうここへは来るな・・・」
「いわれないでも出て行くさ。───行くぞ」
「うッ、うんッ」
皆守に促されて、八千穂と、そして九頭見は墓地を後にした。

「(・・・これじゃ、意外と難易度高そう・・・)」
九頭見は、心の中でそう嘆息していた。


───その光景を、建物の上から一部始終見ていた影があった。
「転校生か・・・」
威圧的な声の主を、おりからの月光が浮かび上がらせる。
黒いコートの男───《生徒会長》阿門帝等は、低い声でさらにひとりごちた。
「・・・呪われた學園に迷い込んだ愚かな贄よ。果たして、どこまで行けるか、その腕前を見せてもらおう───」


───そう、天香学園にとって、九頭見 洸はそれまでの《転校生》と同じ、いわゆる不特定多数(One of them)の中のひとりのはずだった。
そして九頭見にとっての天香学園も、ここは最終目的地(ターゲット)などではなく、数多ある『任地』のひとつにすぎないはずだった。
その、はずだったのだ─── この時までは。

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